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提督の皆さん、春イベントお疲れ様でした!
イベントの首尾はいかがだったでしょうか?
そのイベントも5月9日のメンテを以て終了となりました。
本日はイベント無事終了を記念して、久々にリアル呉鎮めぐりの模様をお届けします。

***
今イベントでクローズアップされた艦娘に、重巡利根姉妹がありました。

艦これ661
↑吾輩が利根である

私自身まだ利根姉妹がレベル40台なのでwikiより画像をお借りしました。
勲章と引き換えに設計図を入手する事で、史実では行われなかった「if改装」の航空巡洋艦になる事ができます。
イベント名も「索敵機、発艦始め!」となるなど、索敵機やそれを扱う重巡、航空戦艦などがクローズアップされたイベントでしたね。
そこで、今回はイベント終了を記念して、「軍艦利根資料館」を見学してきました。
今回は長いので以下折りたたみです。

***
軍艦利根資料館
広島県江田島市
〒737-2392
広島県江田島市能美町中町4859番地9
代表電話 0823(40)2211
能美海上ロッジ敷地内にあります。
見学は無料、普段はいつでも出入りできますが、カギがかかっていたら能美海上ロッジのフロントでカギを借りて入館します。


例によって5月の陽気と夜勤明けの開放感に誘われて、ぶらっと呉市から江田島市へドライブです。
呉市から江田島へは大きく分けて2つのルートがあります。
一つは大和ミュージアム近くのフェリー乗り場から海路を取る方法、もう一つは音戸経由で陸路を取る方法です。
今回は重巡めぐりのドライブなので、ゆったり陸路を選択です。
呉~小用港(江田島)には重巡古鷹の名を引き継ぐフェリー「古鷹」が就航しています。
そこで、今回のドライブルートは音戸大橋経由→「軍艦利根資料館」→フェリー「古鷹」で呉帰還→「青葉慰霊碑参拝」のコースで行ってきました。

※音戸大橋※

音戸大橋
↑呉側より音戸の瀬戸を望む

ゴールデンウィーク中は人と車が多く渋滞も予想できたので、敢えてゴールデンウィークを外して出かけました。
音戸大橋と言えばつつじが有名ですが、シーズンを過ぎたのでだいぶ散っていました。
ゴールデンウィーク中だともっと花がきれいに咲いていたんですが、ちょっと残念でした。
そういえば、第2音戸大橋ができてだいぶ混雑が解消されたとか話を聞いたことがあります。
しまったーこれなら見ごろに出かけても良かったか。

その後海岸沿いを約1時間走って、目的の能美海上ロッジに到着しました。
ここは全国でも珍しい海の上にそそり出るように立つ国民宿舎です。
シーズンは外していましたが、駐車場は多くの車がいました。

※軍艦利根資料館※
利根資料館1
↑軍艦利根資料館外観

ちょうど資料館前の駐車スペースが空いていたので駐車してパシャリ。
入館が無料で自由にできますが、一応フロントに行って見学させてもらう旨を伝えておきました。
「ご丁寧にありがとうございます、どうぞご自由に見学なさってください」
とフロントの女性から丁寧に返事をいただき、早速見学・・の前に、資料館の裏手に回って(こっちが表かも?ちょっとよくわかりませんが)「利根公園」内にある慰霊碑に参拝です。

利根資料館2
↑20mm砲弾と軍艦利根戦没者慰霊碑↓
利根資料館3

慰霊碑の周辺を覆う鎖には20mm砲弾がつながれています。
まずは戦没者の霊に手を合わせて、いよいよ入館です。

利根資料館4
↑館内

資料館と言っても小さな家屋程度の広さしかありません。
画面左が出入り口で、中央には利根の模型が置かれています。
画面右手前の机には見学者の名前を記入するノートや利根の沿革などの説明文があります。
私が訪れた時は他に誰もいませんでしたが、ノートを見ると毎日何人かの見学者が訪れているようでした。

利根資料館5
↑利根奮戦ス

実際の写真も展示されていました。
多数の航空機の砲弾を受けながらも、利根の対空砲は空を向いています。

利根資料館6
↑山本五十六長官の感状

真珠湾攻撃の際、米軍を索敵して奇襲を成功に導いた武勲をたたえて山本五十六長官より感状を賜りました。
この後も艦隊の「目」として数々の武勲を立てました。

利根資料館7
↑軍艦利根士官室の机

当時の軍艦は居住性は極限まで切り詰めていたと言うのがうかがい知れます。
もっと大きいものかと思っていましたが、本当に小ぢんまりとした机でした。

利根資料館8
↑詔書

昭和天皇からの詔書でしょうか。
日付は真珠湾攻撃の日になっています。
ここから泥沼の戦争へと突入していく事を考えれば、本当に胸が締め付けられる思いです。

利根資料館9
↑備品

艦内の備品も展示されていました。
左は「バケツ」です。
これを使えば艦内の破損もすぐ直る!?


利根資料館10
↑軍艦利根艤装図↓
利根資料館11

貴重な軍艦利根の設計図です。
電灯が付いていても微妙に薄暗い館内なので小さな文字までは読めませんでしたが、かなり細かいところまで書き込まれているのがわかります。

利根資料館12
↑軍艦利根模型↓
利根資料館13

館内中央には軍艦利根の大型模型があります。
正面から撮影したものもあったのですが、ガラスに魯粛提督の姿が映ってしまうので斜めからの撮影となりましたw
とにかく精巧で、制作した安田氏はこの模型を寄贈した時に新聞の記事になったようです(下の画像の手前にある額内に当時の新聞が入っていました)

利根資料館14
↑利根を語るうえで・・

さて、見学者の名前を記帳するノートの横には利根の沿革を説明した資料があるのですが、利根を語るうえで避けては通れない事件についても書かれていました。
その事件の名は「ビハール号事件」です。
ここでは詳細は書きませんが、当時の軍部の内情に端を発する悲劇とも言えます。

利根資料館15
↑海兵たちの遺品

当時の海軍の兵装などの遺品も展示されていました。
兵士が家族に当てた手紙や写真なども多くはありませんが遺されていました。

利根資料館16
↑浴槽

艦内で使用されていた浴槽です。
流石にこれ1つと言う事はないでしょうが、狭い艦内では入浴場はどんな構造になっていたのでしょうか、興味があります。
男所帯だからと言って仕切りの壁とかなさそうな気がしますw

利根資料館17
↑暗号文(写)

真珠湾攻撃時の暗号文も展示されていました。
軍部は、事あるごとに暗号は解読されていないと思い込んでいた事で、その後戦局が悪化して行く事になります・・

利根資料館18
↑捕虜も当然いました

大戦時は米兵も日本で捕虜として生活していました。
原爆で多数の米兵捕虜も亡くなったそうです。

***
約1時間じっくりと見学して資料館を後にしました。
資料館と言えど、展示物自体はそう多くはありません。
それは裏を返せば戦争でほとんど失われてしまった事を意味しており、その中にあって、むしろこれだけの遺品が残っていた事は運が良かったのかもしれません。
今日資料館を訪れ、当時をうかがい知る貴重な時間を過ごす事ができました。

帰りは江田島の小用港から呉へ戻り、重巡青葉慰霊碑に参拝する予定でしたが、ここでアクシデント発生です。
なんと、デジカメの充電が切れると言う情けない事態に。
どうやら資料館で撮影を終えた後、電源を切らずにそのままの状態で放置していた事が原因の模様・・
夜勤明けの頭で抜けていたみたいです。

フェリー古鷹
↑wikiより・・

小用港で古鷹を撮影しようと思いましたが、充電切れのため撮影は断念・・
画像はwikiからお借りしました・・
呉へ帰還して呉市警固屋5丁目に昨年できた「重巡青葉慰霊碑」を参拝して本日の予定はすべて終了です。
本日は画像を用意できなかったので、青葉慰霊碑はまた後日でもアップしようと思います。
なんとも締まらない最後ですが、これにてリアル呉鎮重巡めぐりは終了です。
長文お付き合い有難うございました!
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